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愛知県版レッドデータブックの意義(植物編)

 野生生物は、各地域の自然環境特性に適応して生息・生育していることから、これらの野生生物を的確に保全し生物多様性の確保を図るためには、全国的な情報と併せ、県等の行政区画単位で地域特性ごとに情報整理を行う必要がある。
 環境省作成のレッドデータブック(レッドリスト)は、全国の生息・生育状況を基準として「絶滅のおそれの程度」を評価している。しかし、全国的には当面絶滅のおそれがない生物でも愛知県に限れば絶滅する危険性が極めて高いものもあり、全国の平均的な状況では絶滅の可能性がある生物でも愛知県に限ればまだ比較的多く残存しているものもある。
 例えば、「ヤチヤナギ」は、北半球の周極地方に広く分布しており、日本でも北海道や本州北部の泥炭湿地には比較的多く生育しており、やや離れて尾瀬にも分布している。また、尾瀬よりはるか南の愛知県と三重県の低地にも数カ所、自生地がある。しかし、これらの場所の個体群は、いずれもすでに絶滅したか、残存していても極めて危機的な状況にある。愛知県や三重県の低地に生育するヤチヤナギは、現在よりはるかに寒冷だった時代に分布を拡大してきて今日まで残存しているもので、地球の気候変動を物語る証人として保全上重要な価値がある。しかし、ヤチヤナギは、北海道や尾瀬では個体群が安定的に維持されており絶滅のおそれはないと判断されるため、日本全体で評価を行う環境省作成のレッドデータブックには掲載されていない。一方、サクラバハンノキやヒメコヌカグサは、湧水環境の多い愛知県の丘陵地には比較的多く生育しており、さしあたり絶滅のおそれはないと判断される。しかし、これらの植物は、全国的には減少傾向が著しく、環境省作成のレッドデータブックに掲載されている。地域の特性に応じて効率的に生物多様性を保全するためには、どうしても地域版のレッドデータブックが必要である。
 また、環境省のレッドデータブックでは、日本が島国であり地理的にある程度孤立していることもあって、再侵入確率は考慮しないという方針で評価が行われている。しかし、隣接地と地続きの愛知県のような地域を対象とする場合には、再侵入確率は無視できない問題である。
 例えば、愛知県には僅かしか存在しないが長野県や岐阜県にはたくさんある種は、現在愛知県にある個体群が絶滅しても、そのうちに隣接地から再度種子が運ばれ、発芽して生長する可能性がある。そうなれば、愛知県全体としては絶滅したことにならない。それに対して、シデコブシやシラタマホシクサのような愛知県を中心とした地域にしか生育していない地域固有種は、愛知県内で絶滅すれば他地域から分布を拡大してくることはほとんど期待できない。県内に現存する個体群の絶滅危険度が仮に同じであったとしても、長期的に愛知県内でその種が存続する可能性は大きく異なってくる。そのため本県の選定基準では、生育環境の減少率や、開発や採取などの人為的圧力による種の絶滅の危険性に加えて、その種の「地域固有性」を考慮して評価を行った。
 以上のとおり愛知県版レッドデータブックは、地域的実情が異なる中での野生生物のきめ細かい生息状況を把握し、その情報を広く県民へ周知し本県固有の自然環境保全への配慮を促す等の役割を担うものである。
 愛知県では、平成12年度にレッドリスト植物編を公表し、これを元に平成13年度に「レッドデータブックあいち植物編」をとりまとめた。その後、見直し作業を行い、平成20年度に「レッドデータブックあいち2009植物編」をとりまとめ、平成26年度に第三次レッドリスト「レッドリストあいち2015」を公表した。さらに専門家で構成する「愛知県絶滅危惧種等調査検討会」を中心に見直し作業を進め、令和元年度には「レッドデータブックあいち2020植物編」(本書)としてとりまとめた。