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クモ類

1.愛知県におけるクモ類の概況

 愛知県は日本列島のほぼ中央に位置し、平野、山地、海、河川(木曽川・庄内川・矢作川・豊川)、石灰岩地帯(豊橋市嵩山の蛇穴、石巻山他)など地形の変化にも富み、クモ類の生息地としては恵まれている。県の北西から南東にかけて濃尾・岡崎・豊橋と三つの平野部が連なり、尾張部からは知多半島が、東三河平野からは渥美半島が南に突きだしている。県北東部は山地となり、三河高原を形成、最北東部は1,000m以上の山地で、最高は茶臼山の1,415mとなっている。太平洋に面した知多半島および渥美半島を含む三河の平野部は温暖な気候(伊良湖、年平均15.8℃)に恵まれている一方、三河高原では夏は涼しいが、冬の冷え込みは厳しく(茶臼山、年平均8.4℃)、年平均でも7℃以上の差がある。
 これらの理由から、本県は、南方系・北方系両方のクモ類が交錯して生息する、また、海岸性から平野部・山地性のもの、さらに洞窟性のものまで幅広い生息場所ごとの種が見られる地域となっている。
 ところで、愛知県で記録されたクモ類の種数は、1984年には僅かに31科234種であった(須賀, 1984)。しかし、その後の調査により52科586種が確認された(緒方, 2018a)。さらに1年間で4種類増えて52科590種となった(緒方, 2019a)。日本産クモ類は1,659種(小野・緒方, 2018)であるから、その約35.6%が愛知県に生息することになる。

○ 山地のクモ
 西三河地方の豊田市は2005年に藤岡町・小原村・足助町・下山村・旭町・稲武町の6市町村と合併し、総面積は918.32 km2となり県下最大となった。南部は工業地帯や農耕地が占めるが、北部一帯は山間部である。それに加え大小の河川、ため池、湿地も点在し、多様な環境を形成する。当然クモの種数は多く、45科480種を記録する(緒方, 2016a)。これは県に対し科では86.5%、種では81.4%に値する。北設楽郡設楽町は、森林が91%を占めている。同町で確認されたクモ類は34科323種である(緒方, 1996a)。なかでも同町の段戸裏谷はブナ・ミズナラ・モミ・ツガの原生林で、この森で確認されたクモ類は28科257種である(緒方, 1996a)。これは、設楽町産の79.6%に値する(緒方, 1996a)。その後の調査で新たに35種が見つかり、2019年現在292種となる(緒方, 未発表)。特筆すべき種では、コガネヒメグモ・シロタマヒメグモ・キヌキリグモ・キハダキヌキリグモ・アズミヤセサラグモ・コケオニグモ・エゾウズグモなどなど枚挙にいとまがない。旧稲武町も環境面では設楽町とよく似ている。ここでは34科254種が確認された(緒方, 1996b)。東三河地方の新城市も2005年に新城市・作手村・鳳来町が合併し499.2 km2となり、豊田市に次ぐ面積となった。新城市全体では41科331種が記録された(緒方, 2014a)。なかでも作手地区の水田地帯には北方系のアゴブトグモが、湿地にはババハシリグモが生息する。北東部は山林が占めている。特に鳳来寺山はクモの宝庫で、32科249種が記録された(緒方, 2019b)。
 県内でも特定の場所にのみ生息する種としては、豊田市稲武地区面ノ木園地のミヤマタンボグモ、同町月ケ平のミヤマシボグモモドキ、設楽町段戸裏谷のマルコブオニグモ・ササキグモ・セスジガケジグモ・コガネエビグモなどが挙げられる。ミカワホラヒメグモ(Nesticus mikawanus Yaginuma)は豊橋市嵩山町の蛇穴群に生息する。オガタヒメアシナガグモ(Sinopoda ogatai J?ger et Ono)は新城市門谷の鳳来寺山に生息する。この2種は国内でも唯一の産地である。

○ 丘陵地のクモ
 尾張地方の東部は丘陵地が広がる。代表的なクモを列挙すると、カネコトタテグモ・キノボリトタテグモ・ユウレイグモ・ニホンヒメグモ・ユノハマサラグモ・ジョロウグモ・アオオニグモ・ビジョオニグモ・チュウガタコガネグモ・コガタコガネグモ・ヤマシロオニグモ・ワキグロサツマノミダマシ・サツマノミダマシ・マネキグモ・オウギグモ・イタチグモ・コハナグモ・アズチグモ・ネコグモ・マミジロハエトリ・デーニッツハエトリなどが挙げられる。名古屋市で記録されたクモ類は42科299種である(須賀, 2008)。その後2019年現在44科351種となる(緒方未発表)。なかでも2012年7月に熱田神宮で発見されたチビクロドヨウグモは県内で唯一の生息地である(須賀・緒方・柴田, 2013)。また、希少なクモでは2008年7月に千種区平和公園と2018年1月に緑区大高城跡公園でムツトゲイセキグモが、2014年7月に名古屋市興正寺でトゲグモが発見された。日進市も北東部は丘陵地が広がる。本市で記録されたクモ類は37科272種である(緒方, 2015)。なかでも2011年7月に五色園で発見されたモリメキリグモは県初記録となった。また、尾張地方初記録として2010年7月に五色園でマメイタイセキグモが発見された。丘陵地間には湿地も点在する。このような特異な環境には、シロブチサラグモ・ヤマトコツブグモ・ミナミコモリグモ・イオウイロハシリグモ・ササグモ・クリチャササグモなどが生息する。なかでもスジブトハシリグモとテジロハリゲコモリグモは湿地の依存度が高く、湿地が消滅すると激減する運命にある。

○ 平野部のクモ
 西三河地方の平野部のほとんどが市街化している。僅かに残った水田も圃場整備が進み、冬期は乾田化して生物が住みにくい環境になっている。そのため、生息するクモ類の数も種数も年々少なくなっている。特に、水田のクモを代表するシコクアシナガグモ・ヒメヨツボシアシナガグモ・コテングヌカグモ・キバラコモリグモなどは減少傾向にある。市街化周辺に生息するワスレナグモ・ジグモなど地中性のクモの減少は著しい。
 知立市は県のほぼ中央に位置し、総面積は16.31km2で高浜市に次いで小さい。河川や農耕地は見られるが、中心部は市街地で周囲に社寺林が点在する。この社寺林(鎮守の森)が貴重な緑となっており、平野部ではあるが1900〜2018年の間に35科221種を確認している(緒方, 2018b)。平野部のクモ相としてひとつのモデルになると思われる。比較的見られるクモとしては、イエユウレイグモ・ユカタヤマシログモ・オオヒメグモ・ハンゲツオスナキグモ・セスジアカムネグモ・オニグモ・イエオニグモ・アシナガグモ・トガリアシナガグモ・ヒラタグモ・チリグモ・イオウイロハシリグモ・ヒメフクログモ・アシダカグモ・ネコグモ・ヤミイロカニグモ・アサヒエビグモ・マミジロハエトリ・キレワハエトリ・ヤガタアリグモなどが挙げられる。
 セアカゴケグモは特定外来生物に指定されている。県内では2005年8月19日に常滑市中部国際空港で発見された。その後、分布は急速に拡大し、知多半島だけではなく、名古屋市・岡崎市・豊田市・西尾市・豊橋市など、山間部を除き平野部に広く生息している(緒方, 2014b)。本種の生息環境はU字構の中、公園ベンチや遊具の隙間、ガードレールや鉄パイプの隙間などの人工物である。外来種のクロガケジグモもマダラヒメグモも同じ環境に棲んでいる。このようなニッチには在来種はほとんど見られない。今後も分布は拡大すると予測される。

○ 海岸・河口付近のクモ
 海岸またはその付近のみを好んで生息するクモ類がいる。ヘリジロオニグモは渥美半島の防風林に多数生息する。同じく海浜植物が自生する砂浜にはアシブトヒメグモ・ヒカリアシナガグモ・ヨコフカニグモ・タカノハエトリなどが見られる。最近新種となったスナハマハエトリも渥美半島の表浜に生息する(小野・緒方, 2018)。田原市一色海岸の岩山にのみイソタナグモが生息し、また西尾市梶島の崖地にはシマミヤグモが発見された(緒方, 2016b)。三河湾の海岸線に沿って、堤防や消波ブロックにはイソハエトリが飛び跳ねている。その他では、南方系のホシスジオニグモは田原市と西尾市梶島で確認されたが生息範囲は限られる。また、田原市小中山町の西ノ浜では県初記録のサッポロフクログモとアカスジコマチグモが相次いで発見された(緒方, 2019a)。カコウコモリグモは塩性湿地の葦原に生息する。名古屋市港区庄内川河口、豊橋市紙田川河口、田原市汐川河口の3ケ所で確認されている。

2.愛知県における絶滅危惧種の概況

 今回愛知県として、絶滅危惧種のリストに取り上げられたクモ類は、絶滅危惧ⅠA類(CR)3種、絶滅危惧ⅠB類(EN)17種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)10種、準絶滅危惧(NT)8種、それに情報不足(DD)1種である。愛知県のクモ類は590種(2019現在)であるから、CR・EN・VU・NT・DDの合計39種は全体の約6.6%にあたる。
 「その他無脊椎動物レッドリスト2019」(環境省, 2019)によると、CR+EN 1種、VU 4種とキムラグモ類、NT 5種、DD 5種、計15種とキムラグモ類が公表されている。日本産のキムラグモ類(広義)とオキナワキムラグモ類(広義)を合わせると現在14種(谷川, 2017)であるから、リストの合計は29種となる。ここに取り上げられた29種は、日本産クモ類(約1,665種)の約1.7%にあたる。この数値は今回取り上げられた愛知県の数値に比べると極端に少ない。現実には、全国的に見て危機に瀕しているクモ類は、この29種以外にまだまだ数多くあるので、愛知県の6.6%は妥当な数値だと考える。
 取り上げられた種の主な減少の原因を考察すると、工事・土地開発・農薬・除草剤・殺虫剤などの影響によるものと思われる種が多い。キシノウエトタテグモ・キノボリトタテグモ・ワスレナグモ・コガネグモ・トリノフンダマシ類・イサゴコモリグモ・オビジガバチグモ・アワセグモ・アシナガカニグモなどである。
 次に、全国的にも、県内でも比較的広く分布する割にもともと個体数が少ない種である。これらの種は、微妙な環境の変化で生息しなくなってしまうことが多い。言い換えれば、一見同じような環境と思われるところでも生息しているとは限らないのである。シロタマヒメグモ・キヌキリグモ・キノボリキヌキリグモ・キジロオヒキグモ・コケオニグモ・ニシキオニグモ・トゲグモ・ムツトゲイセキグモ・マメイタイセキグモ・ワクドツキジグモなどがその例である。
 最後に、その種が住んでいる特殊な環境の悪化、または開発である。洞窟内またはそれに似た環境に棲むミカワホラヒメグモ・アケボノユウレイグモの減少はこの例である。特に、アケボノユウレイグモは、生息場所の乾燥化によって、絶滅に近い個体数にまで減少している。また、湿地の悪化や開発(宅地化等)に伴い、このような場所に生息するテジロハリゲコモリグモ・ミナミコモリグモなども減少傾向にある。そのほか、特殊な渓谷の開発・環境悪化に伴い、チクニドヨウグモ・シノビグモなども減少している。
 なお、ムロズミソレグモ(スオウグモ科)は現在まで大阪府・京都府・奈良県・兵庫県・島根県・山口県・愛媛県で採集されている珍種であり、愛知県でも1977年、名古屋市天白区で採集されている。しかし、その後の記録は全くなく、生態的にも不明の点が多いので情報不足にランクされた。

3.愛知県クモ類レッドリスト

 目及び科の配列と名称、種の配列及び和名、学名は、原則として「グリーンデータブックあいち2018 クモ編」を基に、新しい知見を加え整理した。