貝類
1.愛知県における貝類の概況
○ 陸産貝類
愛知県の陸域環境は、平野、丘陵、山地の3つの地形区分に大別され(庄子, 1978)、それぞれの環境に陸産貝類の分布種の特徴が現れる。
平野部の環境については、濃尾平野東端の大都市である名古屋市を中心に各都市が発展し、地表の殆どはアスファルトで舗装され、コンクリートの構造物やビル、住宅が林立して、本来の形の自然林や湿地などの環境は大部分が消失している。この地域では、国外外来種とされるトクサオカチョウジ、コハクガイ、ヒメコハクガイ、チャコウラナメクジ、オナジマイマイが繁殖し、ごく普通に確認される代表的な陸産貝類となっている。さらに2009年、名古屋港周辺の貿易港の一部地域では、海外からの輸入原材料に付随して侵入したと考えられる国外外来種のメリケンスナガイの一時的定着が確認された。また、沖縄県の各島で大繁殖する原産地不明のコシタカオカモノアラガイも、金城埠頭において、2009年に、空き地の荒れ地であった場所で大繁殖していた例もある。このほかにも名古屋港周辺の埋め立て造成地およびその周辺の広範囲の緑地帯や草地には、現在も外来個体群の可能性が考えられるミジンマイマイの個体数が著しい(早瀬・木村,
2011)。このように濃尾平野における陸産貝類相は、都市化や開発などに伴い外来種が優占し、撹乱が著しい。ただし、在来種(在来個体群であるかは不明)であるオカチョウジガイやナミコギセル、イセノナミマイマイも、様々な環境への適応力が強いためか、この地域に少なくない。また、西三河平野や東三河平野は、濃尾平野ほど都市化の進行速度は速くないが、それでもこれらの地域の河川や水田、湿地、河畔林などの林の環境は徐々に消失や衰退の傾向にあり、在来の淡水産二枚貝を筆頭に、湿地棲の陸産貝類はナタネキバサナギやナガオカモノアラガイなどの僅かな種に限られるものの、減少傾向にある。
丘陵の環境については、瀬戸市付近から豊明市付近にかけて南北に連なる尾張丘陵から、その延長と考えられる知多半島先端へと丘陵地が延びるが、そこにはそれほど多種の陸産貝類は見られない。しかし、ナニワクチミゾガイ、ヒルゲンドルフマイマイ、クチマガリマイマイなど、愛知県では山地の原生林や森林環境には生息しない特徴的な陸産貝類が、狭い分布範囲ながらこれら丘陵地において確認されている。また、渥美半島も東西に細長く延びる丘陵であるが、フチマルオオベソマイマイは愛知県下においては紀伊半島との共通種のひとつであり、渥美半島のみに分布し、この地域を特徴付ける陸産貝類である。
山地については、陸産貝類が多種多産する環境である。愛知県最北部の犬山市から瀬戸市にかけての尾張山地は、過去に、天野景従の調査(天野,
1966)においては、瀬戸市定光寺周辺に多種の陸産貝類の生息が確認されていた。現在も微小種が多種確認されるものの、小〜大形種に関しては既に再確認出来ない種が複数あり、その一例として、ヤマタカマイマイは既に絶滅した可能性が高く、ミヤマヒダリマキマイマイもこの地域では近年再確認出来ず、同様に絶滅の可能性がある。濃尾平野を中心とする都市開発の影響が尾張山地の環境にも一部及んだためかもしれない。一方、岐阜県境部のほかに、長野県・静岡県との県境となる奥三河地域を含む三河山地は、愛知県下で最も広大な山地であり、県境部に原生林も一部残存し、現在も陸産貝類が多種生息している環境である。三河山地を代表する種は多く、ここで全てを示すことは難しいが、ヤマキサゴ、オクガタギセル、トノサマギセル、ホソヤカギセル、スジキビ、カントウベッコウ、スカシベッコウ、ニヨリサンエンマイマイ、ミヤマヒダリマキマイマイなどが代表種としてあげられる。さらに、鳳来寺山の山頂部には、当地をタイプ産地とし、愛知県ではここだけに生息するホウライジギセルも確認される。当該山地には、クチベニマイマイとの中間的特徴を有するハコネマイマイの分布もあり興味深い。このほかに、八名・弓張(やな・ゆみはり)山地は、三河山地の南東側に位置し、JR飯田線に沿う谷を通る中央構造線の南東側の標高500〜600
mの南北方向に細長い山地である。山地南側には、石巻山や嵩山(すせ)の石灰岩地が位置しており、愛知県(石巻山)固有種と考えられるクビナガギセル、オモイガケナマイマイ、イシマキシロマイマイが生息する。このほかにも、ベニゴマオカタニシやミカワマイマイが隣県の静岡県の石灰岩地域にかけて分布するが、前者は愛知県下では、石巻山・嵩山石灰岩地のみに生息する。トウカイヤマトガイやハチノコギセルも静岡県などにかけて広く分布するが、4種(亜種を含む)共に豊橋市の石巻山あるいは嵩山の石灰岩地をタイプ産地として新種記載された種であり、石巻山や嵩山の各種個体群は、その存在自体が分類学的にもきわめて貴重であるので、当該石灰岩地域の各種個体群の保護は重要である。さらに嵩山に位置する石灰洞の蛇穴には、洞窟ごとに種分化しているとされるホラアナゴマオカチグサ近似種が生息している。
これら3つの地形区分での陸産貝類の特徴種のほかに、三河湾の島嶼域や伊良湖岬先端には、南方から黒潮による海流拡散と考えられる陸産貝類の存在も知られている。トカラコギセル、ヒロクチコギセル、ヒラシタラの3種が該当し、いずれも愛知県下では伊良湖岬先端部の海岸林に分布が知られるが、ヒラシタラを除く2種は、この地の個体群が絶滅した可能性が高く、トカラコギセルについては、現在、三河湾内の竹島と沖島の2島のみにごく僅かな個体の生息が確認されている(大貫・他,
2015;早瀬・他, 2017)。
愛知県の陸産貝類相は、上述した陸域の多様な地形のほかにも、太平洋に面した三河湾内の島嶼域や半島先端の地域では、海流(黒潮)の影響も及ぶため、陸産貝類の豊富な他県と比べても見劣りしないほど多様である。しかし、現状は、いくつかの種がきわめて高いレベルでの絶滅の危機に瀕しており、今後、急速に絶滅や絶滅危惧の種数が増大することのないように、引き続き、レッドデータブックでの各種の情報の発信による県民などへの各種および環境保護の啓発、行政側の保護施策の検討が重要と思われる。
名古屋市などの開発の進んだ都市環境が、県の面積の多くを占めるにもかかわらず、これほど多種の陸産貝類が生息することは驚くべきことであり、県東部の三河山地を代表とする多くの自然林が残る山地や、伊勢湾・三河湾の内湾から外洋に至る海域、木曽川・庄内川・矢作川・豊川など大きな河川を含む豊かで多種多様な自然環境の複合的存在の賜物と考えられる。国内の他の大都市と同様に、1960〜1970年頃の高度経済成長期に一度、愛知県内でも多くの自然環境や生物種が消滅したが、さらに今後の開発や気候変動などにより、世界中を探しても愛知県のここだけにしか見られない貴重な陸産貝類の存在やそれらが生息する自然環境が消失することのないように、環境への配慮や検討がこれからも求め続けられるであろう。
○ 淡水産貝類
愛知県は木曽川水系、矢作川水系、豊川水系と豊かな水源を持つ水系に恵まれ、平野部にはその支流や灌漑水路、ため池が発達し、淡水産貝類の生息にとって好適な地域であった。また、愛知県は豊かな淡水貝類相を持つ琵琶湖水系との関わりのある東限の地域として、元々多種類の淡水産貝類が生息していた。しかし、豊かな淡水貝類相が保存されていたのは1960年代までであった。1970年以降、平野部の水系は各種排水によって富栄養化し、水質汚濁が進行するに伴って県内の淡水貝類の生息状況は著しく悪化した。また、河川改修工事によって生息場所自体が消失した水系も多い。現在の淡水貝類相は限られた範囲にかろうじて生き残った小規模な個体群が確認される場合が多く、絶滅したと考えられる淡水産貝類も少なくない。
河川上流域には元々淡水産貝類は少なく、本県ではカワニナ科のカワニナ1種が知られる。中流域から下流域にはチリメンカワニナ、クロダカワニナが分布する。下流域や平野部の水路や支流、細流の流れが緩やかな砂泥底にはイシガイ科貝類が多く分布し、オバエボシガイ、カタハガイ、ササノハガイ(トンガリササノハガイ)は愛知県が分布の東限であった。しかし、前述の通りこのような生息環境は県内では壊滅的状況で、イシガイ科貝類全般の生息状況が著しく悪化しており、絶滅したと考えられる種も少なくない。
平野部から丘陵にかけての水質の良いため池には現在でもオオタニシ、ドブガイが生息している。平野部の水田に多産し食用にも利用されていたマルタニシは、水田耕作の変化や前述のような生息環境の悪化で現在の生息場所は非常に狭い。現在平野部で普通に見られる淡水産貝類としては、富栄養化した河川や護岸工事された水路にも多産するヒメタニシ、ヒメモノアラガイ(移入種)、サカマキガイ(移入種)、スクミリンゴガイ(通称ジャンボタニシ:移入種)、河口付近まで分布するイシマキガイがあげられる。
○ 内湾産貝類(海産貝類)
県内の内湾域は大きく三河湾と伊勢湾に分けられるが、そのいずれも人間活動の中心となる平野部に近接しているため、埋め立てや各種汚水の流入の影響を受けている。1977年までで既に、三河湾で48.0%、伊勢湾で60.8%の干潟が消失している(水産庁・水産資源保護協会,
1988)。
・ヨシ原湿地の貝類
ヨシ原湿地は干潟や前浜干潟の潮間帯中部から高潮線付近に発達する塩性湿地で、海と陸との境界に位置する。ヨシを主体とした特徴的な海岸植物群集が分布する特殊な環境である。そこに生息する貝類もまた独特であり、カワザンショウガイ科やオカミミガイ科など他の環境ではほとんど見られない多くの種が生息している。高潮線から更に上部の陸上植生まで一連のヨシ原湿地がよく保存された場所は、県内では汐川河口域(汐川干潟)1カ所だけである。潮間帯中部から高潮線付近まで保存されているヨシ原湿地の面積も著しく減少しており、ヨシ原湿地という生息場所自体が県内から消失するおそれがある。従って、現在も残っているヨシ原湿地内には比較的多くの個体が生息する種も、今後の生息については予断を許せない状況である。
・干潟の貝類
前述のように広大な面積の干潟が消失したことにより、生息場所そのものが減少したのはいうまでもなく、水質汚濁や貧酸素層の発生、底質のヘドロ化などで干潟の貝類相が著しく単純化している。減少した貝類は枚挙にいとまがないので、現在干潟に普通に見られる貝類を列挙する。人工護岸や転石地にも多い種としてイシマキガイ、タマキビ、カワザンショウガイ、イボニシ、コウロエンカワヒバリガイ(移入種)、ムラサキイガイ(移入種)、ミドリイガイ(移入種)、マガキ。他の貝類や小石などに付着するシマメノウフネガイ(移入種)、干潟の表面付近に多いツメタガイ、アラムシロ、ホトトギスガイ(足糸でつながりマット状のコロニーを形成する)、砂泥底に潜って生息するサルボオ、シオフキ、バカガイ、カガミガイ、アサリ。以上のように移入種を含む少数の種が優占していて、その他の種の個体数は著しく少なく、貝類相は単純化し、多様性が失われた。
2005年前後から三河湾奥の干潟でハマグリの生貝が見つかるようになり、底質環境が一時的に改善された人工干潟や潮通しの良い内湾域では貝類多様性が明らかに高くなり、現在でもその回復傾向は継続している。その状況を端的に表すのが潮干狩りの対象貝類で、三河湾、伊勢湾(伊勢湾では三重県側を含めて)では広い範囲でハマグリとマテガイが対象となるまでに回復した。また、干潟としては典型的な砂泥質の底質だけでなく、三河湾の旧幡豆町(早瀬・他,
2011)、河和(早瀬・木村, 2017)の干潟に隣接する転石地、礫の多い砂泥底でも高い貝類多様性が確認された。また、前島(早瀬・他, 2015b)、沖島(早瀬・他, 2015a)、梶島(早瀬・他,
2016)、佐久島(早瀬・木村, 2020)、日間賀島(早瀬・他, 2019)の三河湾島嶼域の一連の調査により貝類多様性が高い地点が確認された。日間賀島の貝類相は木村(1995,
1996)による約25年前の調査結果との比較が出来たが、スジウネリチョウジガイ、シラギク、アラウズマキ、トウガタガイ科・ウロコガイ科貝類に代表される潮間帯の埋没石や転石下に生息する小形〜微小種の回復状況が確認された(早瀬・他,
2019)。
・潮下帯の貝類
干潟の消失は潮下帯にも大きな悪影響を及ぼし、水質汚濁、貧酸素層の発生、底質のヘドロ化に拍車をかけている。三河湾奥の水深5
mより深い潮下帯部分では、夏季にはほとんど無酸素状態になり、底生生物が全く生息不可能な範囲も狭くない。アマモ場も著しくその範囲を縮小し、アマモ場に特有な貝類もその生息が危機的状況である。現在、三河湾中部から奥部の潮下帯で普通に見られる貝類は、ツメタガイ、シマメノウフネガイ(移入種)、アラムシロ、アカニシ、サルボオ、ムラサキイガイ(移入種)、ミドリイガイ(移入種)、ホトトギスガイ、トリガイ、シズクガイ、バカガイ、チヨノハナガイ、カガミガイと移入種を含む少数の種が優占していて、その他の種の個体数は著しく少なく、貝類相は単純化し、多様性が失われている。三河湾湾口部分から知多半島南部の伊勢湾側では伊良湖水道を経て南から流入する外洋水の影響で貝類相の豊かな海域も残されているが、その範囲は非常に狭い。この海域は希少な貝類が多数生息していたので、1999年と2000年にドレッジによって重点的に貝類相調査を行った(木村,
2000)。その後2006年10月、2007年8月にも同海域で詳細なドレッジ調査を行った。1999年、2000年と比較して、2006年、2007年では明らかに底質に有機質が多くなり、広範囲に大量のホトトギスガイが足糸でマットを形成して生息することが確認された。1999年と2000年の調査では確認されていたヒラドサンゴヤドリは死殻も確認できず、イトカケガイ科貝類の確認種数も著しく減少するなど貝類の多様性は低下した。このような傾向は2015年の調査でも確認され、前述した潮間帯の貝類多様性の回復状況と比べて、依然として危機的状況が継続している。三河湾に流入する豊川、矢作川の窒素及びリンの供給量は昭和55年をピークとし、その後は浄化対策、排出規制等により減少している(岸田,
2008)。三河湾全体を考えると流入負荷は減少したものの、干潟、藻場の面積は減少したままで、浄化機能が低下し新生堆積物も増加している(岸田,
2008)。外洋水の影響が強いまたは潮通しが良い浅海部には水質並びに底質環境が明らかに改善している海域が認められるが、その改善が潮下帯にまで及んでいない可能性が高い。その反面、外洋水の影響を強く受ける内湾環境の伊良湖漁港(木村,
2017)、知多半島内海(佐藤・他,
2019)周辺ではオウウヨウラクの個体群の復活、イソチドリの生貝採集など潮下帯(潮間帯直下のごく浅い潮下帯)の貝類多様性の回復状況が確認されている。いずれにしても、今後も継続して潮下帯に生息する貝類の詳細な調査を行うことが望まれる。
2.愛知県における絶滅危惧種の概況
○ 陸産貝類
今回、愛知県で絶滅のおそれがあると認められた陸産貝類は、絶滅(EX)0種、絶滅危惧ⅠA類(CR)6種、絶滅危惧ⅠB類(EN)5種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)17種、準絶滅危惧(NT)25種、情報不足(DD)4種の合計53種(NTを含みDDを含まない)であった。「レッドデータブックあいち2009」の時点では、絶滅(EX)0種、絶滅危惧ⅠA類(CR)3種、絶滅危惧ⅠB類(EN)2種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)5種、準絶滅危惧(NT)14種、情報不足(DD)1種の合計24種(NTを含みDDを含まない)であった。2009年版と比較して今回は、絶滅種を除くいずれのランクも2〜3倍ほどに種数が増加し、情報不足種も3種増加した。合計種数もほぼ2倍となった。愛知県下において、この10年ほどの間に、生息環境の悪化や分布地・生息個体数の減少が考えられる陸産貝類の種数が増加したことは明らかである。これらの絶滅危惧種の中には、過去の愛知県での生息記録のなかった種も含まれるが、これらは近年の分類学の進展や、この10年ほどの間に行われた県内での緻密な分布調査の実施に起因する。これまでは分布域がきわめて狭く確認されていなかった種が近年の調査により発見された場合や、ある種に内包されていた隠蔽種が識別されるようになった場合もある。このような、研究の発展や調査の進展に伴う、分布域が狭く生息基盤も脆弱な稀産種の発見も、今回の改訂では、絶滅危惧種の種数増加を後押しした。他にも、近年の温暖化に起因する激しい気候変動により、森林や、石灰岩地などの特殊な環境においても、豪雨に伴う土壌流出、夏季の異常高温による林床の乾燥化などが生じており、これらの最近の自然環境の悪化も絶滅危惧種を増加させた要因である。
CRの6種のうち、ヒロクチコギセルとヤマタカマイマイの2種は、愛知県下で近年の生息情報はなく、ほぼ、絶滅したと言っても過言でない状況にある。トカラコギセルも、現在はごく僅かな個体数が確認される程度であり、きわめて厳しい生息状況下に置かれている。ホウライジギセルとミカワマイマイも貝類コレクターの収集対象となるため、減少傾向が著しい。愛知県で唯一捕獲規制が設けられた陸産貝類のオモイガケナマイマイも、特異な形態のため捕獲規制以前の採集圧が高く、近年の異常気象の影響も伴い、生貝を確認することが困難なほど個体数が減少している。
ENの5種のうちの4種は、近年の分類研究の進展および近年の調査実施により発見されたばかりであるが、生息状況の不安定さにより、今回のレッドデータブックでの新規掲載種となった。ホラアナゴマオカチグサ近似種は、既に2009年版では日本国内に広域分布するホラアナゴマオカチグサとしてNTランクに掲載されていたが、近年の研究結果では、地域ごとの固有性が高いグループであることが示され、愛知県下の個体群は、より絶滅の危険度の高い種に再評価された。サンエンマイマイについても、長い間、シメクチマイマイの一形態型とされていたが、狭い地域の固有種であることが明らかとなり、再検討された結果である。
VUの17種のうち、9種は今回の新規掲載種であり、トウカイヤマトガイ、トノサマギセル、イシマキシロマイマイの3種は、2009年版ではNTランクに掲載されていたが、個体数の減少傾向が大きいため、さらに1つランクを上げる必要があると判断された結果である。ベニゴマオカタニシ、ナニワクチミゾガイ、クビナガギセル、ホソヒメギセル、ミヤマヒダリマキマイマイの5種は、2009年版でも同ランクであり、現時点では個体数の大きな減少傾向や分布域の著しい減少が認められないため、ランクを保留した。
NTの25種のうち、15種は今回の新規掲載種である。ゴマオカタニシ、ナガオカモノアラガイ、オクガタギセル、ハチノコギセル、ミカワギセル、カサネシタラ、クチマガリマイマイ、フチマルオオベソマイマイ、ヒルゲンドルフマイマイの9種は、2009年版でも同ランクであり、現時点では大きな減少傾向などが認められないため、ランクを保留した。2009年版では情報不足のDDであったヒラドマルナタネは、生息地が限られているほか、生息場所となる蘚類や地衣類の付着する落葉樹の古木の存在も限られることが明確になったため、絶滅の危険性を考慮すべき種に該当するとして、今回はランクを示した。
DDの4種のうち、サドヤマトガイおよび2009年版でNTであったケシガイは、愛知県産の本種として記録された標本が存在しないことが今回の改訂に伴い判明した。奥三河山地の未調査地域がまだあることからも、現時点では誤認記録の断定はせず、情報不足とした。今回の新規掲載種であるピルスブリムシオイガイとフトキセルガイモドキの2種は、いずれも僅かな愛知県産標本が確認されてはいるが、近似種との識別が難しい上に愛知県での稀産種であり、現時点ではまだ種としての十分な検討ができておらず、分布や生息状況の情報も十分ではないと判断し、情報不足とした。
○ 淡水産貝類
今回愛知県で絶滅のおそれがあると認められた淡水産貝類は、絶滅(EX)5種、絶滅危惧ⅠA類(CR)4種、絶滅危惧ⅠB類(EN)0種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)2種、準絶滅危惧(NT)5種、情報不足(DD)5種の合計16種(NTを含みDDを含まない)で、愛知県で生息記録がある淡水産貝類の在来種30種のうち約53
%に相当し、きわめて多くの種が危険な状況にあると判断された。今回レッドリストに掲載された16種のうちイシガイ、ドブガイを除く14種は、環境省のレッドリストに掲載されている。
前項の概況で述べたとおり愛知県内の淡水産貝類の生息状況は極めて深刻で、特に河川下流域や平野部の水路、支流を生息場所とする貝類は危機的生息状況である。今回カワネジガイ、ヒダリマキモノアラガイ、ヨコハマシジラガイ、オバエボシガイ、カタハガイの5種が愛知県内では絶滅したと判断された。生息していることを確認するのに比べて、生息していないことを証明することは非常に難しいが、以下の理由から上述の5種が絶滅(EX)と評価された。
カワネジガイとヒダリマキモノアラガイは、愛知県の河川下流域の環境がまだ健全な時代から生息場所の限られた珍しい種と認識されていた。1970年代よりこれら2種の記録された場所を再調査した例があるが、50年以上本県からの生息記録が無い。また豊橋市蒲池のように、生息地自体が埋め立てで消失した場合も多い。2種とも小型種で元々個体数が少ないので、見落とされている可能性が全くないわけではないが、現在の河川下流域の現状を考えると県内より絶滅したと判断するのが妥当である。
ヨコハマシジラガイ、オバエボシガイ、カタハガイは、3種ともイシガイ科貝類で河川下流域の支流や水路などの水質のよい流れの緩やかな砂底を好む。東海地方全域を見てもこのような場所は非常に少なくなり、愛知県内にはこのような生息環境自体が残されていない。また上述の3種は1970年代以降、愛知県内での採集記録が全くなく、1985年から東海地方4県のイシガイ科貝類の生息状況を詳しく調べた調査でも愛知県内から死殻さえ記録されなかった(木村,
1994:木村・中西, 1997)。以上のことから、このイシガイ科3種について絶滅したと判断された。
CRにはイシガイ、マツカサガイ、ササノハガイ(トンガリササノハガイ)のイシガイ科3種とマメタニシの計4種が評価された。このうち中2種は環境省のランクはNTで、マメタニシはVU、イシガイに関してはランク外である。前述した通り、愛知県のイシガイ科貝類の生息状況は全国と比較しても危機的で、木村(1994)および木村・中西(1997)の報告や今回のレッドデータブックの現地調査によっても現在県内における生息場所は非常に少ない。また、それぞれの生息地でもかろうじて生き残った小規模な個体群が確認されたにすぎず、環境省より高いランクに評価された。
VUにミズゴマツボとミズコハクガイの2種が評価された。ミズゴマツボは2006年の調査で木曽川中流域の非常に狭い範囲で健全な個体群が確認された(木村,
2006)。その後の調査でも生息地点は上述の1地点しか確認されていない。ミズコハクガイは豊橋市から県下での生息が初めて報告された種(河辺, 2002)で、その後豊田市の4ヶ所で生息が報告された(守谷・河辺, 2013;川瀬,
2016)微小種であり、愛知県下では、今後の調査で生息地が新たに発見される可能性も考えられるが、全国的にも生息密度が低く、分布域も狭い稀少種である。
NTに5種が評価された。そのうち2種は環境省のランクと同じである。ドブガイは環境省ではランク外であるが、本種も県下の河川下流域では危機的生息状況であるので、他のイシガイ科貝類と同様にリストに登載された。ただし、ドブガイはため池などの止水域に水質がよければ生息している場合があり、他のイシガイ科貝類より低いランクに評価された。
DDにモノアラガイ、フネドブガイ、カラスガイ、ニホンマメシジミ、マシジミの5種が評価された。カラスガイとニホンマメシジミ以外は今回の改訂で新たにDDと評価された。その理由については【 情報不足の種
】(721頁)を参照されたい。今回マシジミがVUからDDへ評価が変更されたことは注目されるので、この項でもその理由について触れておく。前回は以下の理由でマシジミはVUに評価されていた。“マシジミは愛知県の平野部の河川、湖沼にごく普通に生息していた種であったが、1990年代にカネツケシジミ(タイワンシジミの黄色型)が愛知県にも移入、定着し、マシジミ分布域の多くで、移入したカネツケシジミと置き換わっていることが確認され、2006年からの調査では、河川下流域、大きな水系とつながった水路等には、カネツケシジミが定着し、マシジミはほとんど見られなくなった。”しかし、近年マシジミとタイワンシジミ(移入種)とを遺伝的に識別することが出来ない。つまり、マシジミと認識されていた種は過去に大陸から日本に移入したタイワンシジミの個体群であるという報告(山田・他,
2019)があり、分類学的な再検討結果が確定してから再評価する必要があると判断されたため、今回DDと評価された。
河川下流域や平野部における淡水貝類の生息状況の指標ともいえるイシガイ科貝類について、愛知県で生息が記録された8種全てが絶滅危惧種または準絶滅危惧種にランクされ、そのうちの3種が絶滅と引き続き評価された。これらの事実は、現在愛知県の河川下流域や平野部の淡水貝類の生息環境悪化がいかに深刻で、危機的状況であるかを示唆している。
○ 内湾産貝類(海産貝類)
今回、愛知県で絶滅のおそれがあると認められた内湾産貝類は、絶滅(EX)7種、絶滅危惧ⅠA類(CR)43種、絶滅危惧ⅠB類(EN)21種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)39種、準絶滅危惧(NT)51種、情報不足(DD)36種の合計161種(NTを含みDDを含まない)で、愛知県で生息が予想される内湾産貝類(ヨシ原湿地+干潟・潮下帯の貝類)の在来種を500種と想定した場合、これらの割合は約32%に相当し、きわめて多くの種が危険な状況にあると判断された。しかし、調査対象の項でも述べたように、今回は河口付近の汽水域から水深20
mまでの潮下帯に生息する種まで含めたので、愛知県産の内湾産貝類の正確な生息種数は現段階では把握できていない。また、トウガタガイ科などに代表される生息域が比較的広く、分類が困難な微小種を多く含む分類群についての生息状況の把握は今後の課題である。微小種の生息状況に関する調査がさらに進めば、絶滅危惧種に評価される種数も多くなることは必至である。
調査対象の項でも述べたように、2014年に環境省のレッドデータブックでも従来の陸域に加えて、初めて河口域及び内湾の干潟等に生息する種を対象とした。しかし、環境省のリスト外となっている種でも和田ほか(1996)では絶滅危惧種と評価されている種があるので、それらの種の解説には引用文献としている。本書でも和田ほか(1996)のランク区分については表7に再録しておく。
ランク区分 | 内 容 |
絶 滅 | 野生状態ではどこにも見あたらなくなった種。 |
絶滅寸前 | 人為の影響の如何に関わらず、個体数が異常に減少し、放置すればやがて絶滅すると推定される種。 |
危 険 | 絶滅に向けて進行していると見なされる種。今すぐ絶滅という危機に瀕するということはないが、現状では確実に絶滅の方向へ向かっていると判断されるもの |
希 少 | 特に絶滅を危惧されることはないが、もともと個体数が非常に少ない種。 |
普 通 | 個体数が多く普通にみられる種。 |
現状不明 | 最近の生息の状況が乏しい種 |
今回絶滅(EX)に評価された種はタケノコカワニナ、マルテンスマツムシ、ハイガイ、オナガリュウグウハゴロモ、アゲマキ、テリザクラ、イチョウシラトリの7種である。今回マルテンスマツムシ(現地調査でも古い死殻が採集されていた)、オナガリュウグウハゴロモ(木村,
2019)、テリザクラ(河辺・木村, 2015)は、文献・標本調査の結果、新たに絶滅に評価された。
CRには43種が評価されたが、このうち近年(2010年から2019年まで)の調査で1個体でも生貝が確認されたのは、わずか11種である。生貝が確認されなかった32種のうち12種は、オガイに代表されるように死殻(本書では殻の状態から現生個体と判断されたものと定義する)も全く採集されなかった。死殻でさえ採集できなかった12種については絶滅した可能性が高いが、生息していることを確認するのに比べて、生息していないことを証明することは非常に難しい。近年生息が全く確認されず、死殻も採集できない種でも、生息範囲が干潟から潮下帯というように元々広範囲に及ぶ種については、近年の生息状況を完全に把握する事は困難である。このような種は、絶滅している可能性が高いと考えられても、暫定的にCRと評価された。ベニガイは以前から内湾域では死殻も採集されないが、前回調査が不十分であった渥美外海において、その後の調査でも死殻すら確認されないので、前回のENよりランクアップするべき種と評価された。また、クリイロコミミガイが今回初めてCRと評価されたが、本種は県下で調査が行き届いている生息環境であるヨシ原湿地で新たに本県初記録種として報告された(木村・他,
2019)。
ENには21種が評価された。近年の調査で生貝が確認されているが、生息場所は非常に限られており、その面積も著しく小さい種で構成されている。近年干潟の貝類多様性の回復傾向が明らかであるが、イボキサゴ、アダムスタマガイ、スジウネリチョウジガイなど、生貝が確認できるようになり、前回のCRよりランクダウンするべきと評価された種を含む。
VUには39種が評価されたが、近年の調査で生貝が確認されているが生息範囲は狭く、採集された個体数も少ない種が多く含まれている。近年干潟の貝類多様性の回復傾向が明らかであるが、そのような傾向は、近年の三河湾島嶼域の調査でも確認され、限られた範囲ではあるが、健全な個体群が確認されたシラギク、アラウズマキ、干潟から潮下帯で多くの死後間もない死殻や少数の生貝が確認されたツヤガラス、ムラサキガイ、ヒメマスオガイなど前回のCR、ENよりランクダウンするべきと評価された種を含む。
NTには51種が評価されたが、全種とも近年の調査で生貝が確認されている。個体数は少ないが比較的広い範囲で生息が確認されている種、生息範囲は狭いが生息場所では現在も多産する種が含まれている。三河湾島嶼域の調査で比較的広い範囲で、生息面積は狭いが健全な個体群が確認されたヒナユキスズメ、ムシロガイ、干潟から潮下帯の広い範囲で回復傾向が認められたカニモリ、キヌボラ、ハマグリ、イヨスダレガイなど前回のVUよりランクダウンするべきと評価された種を含む。
DDには36種が評価された。前回より種数が著しく増加したが、これは環境省のレッドリストに掲載されているものの、県下での生息状況が把握できていない種が多いことを示唆している。その理由については【 情報不足の種
】(722〜725頁)を参照されたい。今後の調査によっては高いランクに評価される可能性がある種が含まれている。
貝類は生息環境が陸域(山地、丘陵地、湿地など)、淡水域(河川、湖沼、湿地など)、河口域(干潟、ヨシ原湿地、礫底、転石地など)、潮間帯(干潟、岩礁、礫底、転石地など)、潮下帯(泥底、砂泥底、砂底、岩礁、礫底など)と広域に及び、水深20
mまでの潮下帯に線引きして調査対象にしているとは言え、非常に広域でかつ垂直分布の幅も広く、調査・研究が完結しているわけではない。また、前述したように近年海域生息環境は改善しており、貝類多様性の回復傾向が認められる。今後さらに調査、研究が進めば、レッドリストに掲載される種がさらに増えると考えられる。
3.愛知県貝類レッドリスト
目または上科・科の配列と名称、種の配列及び和名、学名は、原則として 「岡山県野生生物目録2019
21軟体動物門」(岡山県野生動植物調査検討会編,
2019)に従った。また、各種の生息環境区分(陸:陸産貝類、淡水:淡水産貝類、内湾:内湾産貝類)を示した。