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哺乳類

1. 愛知県における哺乳類の概況

 愛知県は本州中部地方の太平洋岸に面しており、最も標高の高い地点は長野県との県境にある茶臼山の標高1,415mである。標高300m以上の山地は主として北東部である奥三河地区にあり、平野部は南西部の尾張地区(尾張平野)と三河南部(三河平野)に多い。尾張平野は木曽川の沖積地であるが、西三河平野部には矢作川水系と境川水系が流れ、東三河平野部には豊川水系が流れている。海域としては、(i)知多半島の西方に伊勢湾、(ii)知多半島と渥美半島に挟まれて内海として存在する三河湾、(iii)渥美半島の南方に遠州灘(表浜)の沿岸、の3海域がある。
 上記のように、愛知県では高山帯・亜高山帯植生を欠いているものの、冬には厳しく冷え込む東三河山間部から温暖な知多半島・渥美半島にいたるまで多様な環境が存在しており、そこには陸・海・淡水・空に生息域をひろげている哺乳類が生息している。現在、愛知県に何種の野生哺乳類が生息しているか、という問題への回答はきわめて困難であるといわざるを得ない。愛知県の哺乳類相の研究として初めての広範な調査をおこなった宮尾ほか(1984)は7目36種(追記のミズラモグラを含む)であるとしている。しかし、この中には近年絶滅したオオカミとカワウソが含まれていないほか、海獣類はすべて除外されている。また、再野生化した家畜であるアナウサギ(1958年9月から旧幡豆町前島に生息していたが、1997年11月に餌を与えていた観光施設が閉鎖され、その後動物業者や世界猿類動物園[犬山市]に移されて無人島になった、とされている:朝日新聞1998年5月5日朝刊[愛知版]による)、ノイヌ、ノネコ、アライグマ(国内で最初に野生化したのは犬山市で、同市の動物施設から1962年に逃亡した12頭がもとになっている:揚妻, 2001)も野生哺乳類としての扱いを受けていなかった。今回、愛知県における哺乳類の絶滅危惧種のリストを作成するにあたり、絶滅種ないし絶滅危惧種には人為的に移入された種や一過性の確認種は除き、また歴史時代に入る前に絶滅した種(いわゆる化石種)も含めていない。しかし、愛知県における哺乳類の概況を述べる際には、縄文時代草創期以降に生息した野生哺乳類について知られている記録も含める必要があると判断して海獣を含めたリストを作成した結果、その総数は9目73種(1亜種を含む)となった(愛知県環境部自然環境課編「グリーンデータブックあいち2018 哺乳類・鳥類・爬虫類編(子安ほか, 2018)」における「愛知県哺乳類目録」の項を参照)。この中には上記の絶滅種や再野生化家畜も含まれている。クジラ類の記録として漂着記録(ストランディング・レコード)はきわめて重要である(石川, 1994; 川田ほか, 2003; 2004; 栗原ほか, 2005; 2006a; 2006b; 2007; 保尊ほか, 2008; 安井ほか, 2012)。
 今回参照された愛知県産野生哺乳類の県内目録(9目73種:グリーンデータブックあいち2018 哺乳類・鳥類・爬虫類編)が前回の目録(9目71種:レッドデータブックあいち2009動物編)と異なるのは、県内で新規に発見されたユビナガコウモリ(翼手目ユビナガコウモリ科)、オヒキコウモリ(翼手目オヒキコウモリ科)の2種が付け加えられたことである。翼手目で2種が新たに愛知県産哺乳類として認識されたことになる。これらのうち、ユビナガコウモリは2017年2月に豊田市で越冬中の個体が初めて確認され、その後も目撃等の確認があったため愛知県でも生息することが明らかになった。また、オヒキコウモリは現在国内に6カ所の集団生息地が確認されており、そのうちの2カ所はいずれも愛知県に隣接する静岡県(海に突き出た岸壁)と三重県の無人島である(Sano, 2015)。愛知県では名古屋市内の2地点(中区、守山区)で確認されているのみであり(野呂, 2015)、生息実態は現在のところ不明である。海獣類のうち鯨類(クジラやイルカ)では、今回の評価ではスナメリのみがレッドリストに掲載されている。これはスナメリが沿岸性であり、伊勢湾と三河湾の内部に定住していることが大きな理由となっている。しかしながら、愛知県には広大な砂地の海岸線があり、多くのストランディング記録による打ち上げによる記録が存在する。必ずしも沿岸海域のみに定住していなくても、回遊域に愛知県の沿岸域が含まれる海獣類の種については、今後の解析によってレッドリストの対象としてふさわしい種が評価される可能性がある。そのためにも、今後の調査、報告、記録などの多方面における研究者や一般の方々の幅広い理解と協力によって、海獣類を含む愛知県産野生哺乳類の記録の更新が必要とされている(最近のストランディング記録については安井ほか, 2012などを参照)。

2. 愛知県における絶滅危惧種の概況

 今回、愛知県で50年以上生息確認されておらず絶滅しているとみなされた種(絶滅:EX)は3種であった。また、絶滅のおそれのある種(絶滅危惧Ⅰ類及びⅡ類:CR・EN及びVU)としてリストに取り上げた哺乳類は14種で、その内訳は、絶滅危惧ⅠA類(CR)6種、絶滅危惧ⅠB類(EN)4種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)4種となっている。また、現時点での絶滅危険度は小さいものの、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」種に移行する要素を有する種(準絶滅危惧:NT)とされた哺乳類は10種である。また、絶滅のおそれの程度を評価するに足る情報が不足している種(DD)は2種であった。さらに、国内における生息状況から、本県において保全のための配慮が必要と考えられる特徴的な個体群(地域個体群:LP)は2個体群であった。
 愛知県内で絶滅とされた3種はすべて食肉目で、オオカミ(イヌ科:県内絶滅時期は1890年前後)、ニホンアシカ(アシカ科:1906年頃に県内絶滅)、カワウソ(イタチ科:1913年前後に県内絶滅)が相当する。これら3種のうち、オオカミは国内でも絶滅しており(北海道で1800年代末、本州で1905年)、アシカは1974年、カワウソも1979年を最後にして国内での確認例はない。ただし、2017年から2018年にかけて長崎県対馬で確認された4頭のカワウソは、韓国から漂着したユーラシアカワウソ(ニホンカワウソと同種のカワウソではあるが遺伝的に差異がある)と考えられている。
 絶滅危惧Ⅰ類(CR・EN)とされた10種(ⅠA類6種、ⅠB類4種)の内訳は、齧歯目1種(ニホンモモンガ:リス科)、トガリ目1種(ミズラモグラ:モグラ科)、翼手目7種(ヤマコウモリ、チチブコウモリ、ヒナコウモリ、ノレンコウモリ、テングコウモリ、コテングコウモリ:以上ヒナコウモリ科;ユビナガコウモリ:ユビナガコウモリ科)、食肉目1種(ツキノワグマ:クマ科)である。これらの大半が森林性の種であって、なかでもコウモリ類が過半数の7種を占めているのが特徴である。ユビナガコウモリは今回初めて愛知県レッドリストに加えられた。
 絶滅危惧Ⅱ類(VU)とされた4種の内訳は、齧歯目1種(カヤネズミ:ネズミ科)、トガリ目2種(カワネズミ:トガリ科、アズマモグラ:モグラ科)、翼手目1種(モモジロコウモリ:ヒナコウモリ科)である。
 準絶滅危惧(NT)とされた10種の内訳は、齧歯目5種(ニホンリス、ムササビ:以上リス科;ヤマネ:ヤマネ科;ハタネズミ、スミスネズミ:ともにネズミ科)、ウサギ目1種(ニホンノウサギ:ウサギ科)、翼手目2種(コキクガシラコウモリ、キクガシラコウモリ:ともにキクガシラコウモリ科)、食肉目1種(ニホンテン:イタチ科)、鯨目1種(スナメリ:ネズミイルカ科)である。
 情報不足(DD)の2種は食肉目のアナグマ(イタチ科)と翼手目のオヒキコウモリである。
 保全のための配慮が必要と考えられる地域個体群(LP)と判断されたのはニホンジネズミ(トガリ目トガリ科)の佐久島個体群とコウベモグラ(トガリ目モグラ科)の名古屋城外堀個体群の1目2種2個体群である。

3. 愛知県哺乳類レッドリスト

 目及び科の配列と名称、種の配列及び和名、学名は、原則として“The wild mammals of Japan, 2nd edition”(Ohdachi et al., 2015)に準拠した。