大きくする 元に戻す
HOME > 調査内容 > 評価方法の詳細 維管束植物

評価方法の詳細 維管束植物

維管束植物の評価方法

 愛知県のレッドデータブックとしては、愛知県植物誌調査会から1996(平成8)年に発行された「植物からのSOS−愛知県の絶滅危惧植物」が最初のものである。このNGO版レッドデータブックは、日本自然保護協会・世界自然保護基金日本委員会から1989年に発行された「我が国における保護上重要な植物種の現状」と同様、IUCN旧基準に準拠して作成された。しかし1994年に、できるだけ定量的な基準が必要であるという観点からIUCN新基準(概略は表7)が採択され、2000年に公表された環境庁版レッドデータブックでも維管束植物は新基準に準拠した数値基準で評価が行われた。

表7 IUCN1994年基準の概略
カテゴリー 絶滅危惧ⅠA類 絶滅危惧ⅠB類 絶滅危惧Ⅱ類
A:10年間または
  3世代の減少率
80%以上 50%以上 20%以上
B:生育地面積 10km²未満 500km²未満 2,000km²未満
C:減少率と
  個体数の組合せ
25%以上で
250未満
20%以上で
2,500未満
10%以上で
10,000未満
D:成熟個体数 50未満 250未満 1,000未満
E:絶滅確率 10年間または3世代で
50%以上
20年間または5世代で
20%以上
100年間で
10%以上

 そこで愛知県が作成したレッドデータブックあいち2001植物編では、上位リストとの整合性を確保するという観点に立ってIUCN新基準と同じカテゴリーを採用し、可能な限り定量的な方法で評価を行った。具体的な方法は、以下の通りである。
 定量的な評価を行うためには、集団数、個体数、最近10年間の減少率等に関する数値情報が必要である。また、地方版レッドデータブックの場合には、一度絶滅しても、周辺部から再度分布を拡大してくる可能性があり、その再侵入確率を予測する必要がある。愛知県の場合、維管束植物については愛知県植物誌調査会の会員の手で1992年以降標本資料の裏付けを伴う詳細な調査が実施されており、現存する個体数と集団数については、完全とは言えないまでもかなりの程度まで正確な情報を得ることができた。しかし減少率については、過去の情報の蓄積が乏しく、信頼するに足る情報を得ることができなかった。また、地球全体より国、国より県と対象地域が狭くなるにつれてサンプルとなる集団数が減少するため、過去の減少(または増加)傾向がそのまま将来も継続するという仮定の妥当性も疑わしくなると判断された。そこで、個体数と集団数については数値情報をそのまま使用し※、減少率についてはその代わりに生育環境の減少傾向とその種の存続に対する人為的圧力の程度を評価項目として取り上げ、これら4項目を総合して絶滅リスクを評価することにした。

※:集団数は、山または谷単位で数えた。一つの谷にいくつかの小集団がある場合でも、1集団と見なした。個体数は、草本および小型木本では繁殖可能な個体の数、大型木本では背丈程度の幼木も含むものとした。ただし栄養的に繁殖する傾向が強い植物や小型の1年生草本などで個体数の年変動が大きい植物については、実数より1桁ないし2桁少なく見積もることとした。例えばアカウキクサのような植物は、1m2程度の密生した群落があれば、個体数は1万を越すと推定される。これは、数の上では瀬戸市のシデコブシの総個体数に匹敵する。しかしこの程度の群落は、状況の変化があれば、容易に消滅してしまう。これをそのままシデコブシと同じくらいあると見なしては、明らかに絶滅リスクを過小評価することになる。そこでこの場合は、個体数を100程度と見なして評価を行った。

 再侵入確率に関しては、地球全体を対象とするIUCN基準では当然のことながら考慮する必要がなく、環境省のレッドデータブックでも日本が島国であり地理的にある程度孤立していることもあって、この点は考慮しないという方針で作業が進められてきた。 実際、日本全体で見れば、南西諸島に生育する一部の雑草的な種を除けば、再侵入確率を無視してもそれほど大きな問題は生じないと思われる。しかし、隣接地と地続きの愛知県のような地域を対象とする場合には、再侵入確率は無視できない問題である。 例えば、シデコブシやシラタマホシクサのような愛知県を中心とした地域に固有の植物は、県内の絶滅がそのまま種の絶滅に直結する。一方ナチシダ、イシカグマ、シラカンバのような隣接地域に普通に見られる種は、愛知県に現在生育しているものが絶滅しても、そのうちに再度分布を拡大してくる可能性が高い。 地域に固有の植物は、まだ県内に相当数見られると言っても、愛知県には僅かしかないが長野県や三重県にはたくさんある植物よりも、保護上の優先度も高いであろう。このような観点から、絶滅リスクに関する4項目に加えて、地域固有性を第5の評価項目として加えることにした。
 実際の評価作業においては、集団数と個体数は集計結果をそのまま表9にあてはめて使用し、定性的な評価になる生育環境の減少傾向、人為的圧力の程度、地域固有性の3項目については表9に示した判断基準を設定して、複数の現地調査者が相互に独立に評価を行うこととし、不一致が見られた場合は協議して調整した。

表8 各評価項目の評価・判断基準
評価点 4 3 2 1
個体数 10未満 100未満 1,000未満 1,000以上
集団数 1〜2 3〜5 6〜15 16以上
生育環境の
減少傾向
著しく減少
・自然湿地・草地
・やせ山・砂浜
・石灰岩地の岩場
・塩湿地・湿田
・貧栄養水域
・平野部の非汚染水域
など
やや減少
・自然林
・二次林
・石灰岩地以外の岩場
・平野部以外の非汚染
 水域
など

増減なし
・造林地
・外洋
・非汚染水域と過栄養
・水域の中間的環境
など
増 加
・撹乱地
・整理済水田
・過栄養水域
など
人為的圧力
の程度
極めて強い
・極度に強い開発圧か
 採取圧がある
・開発圧も採取圧もあ
 り、少なくともどち
 らかが強い
強い
・強い開発圧または強
 い採取圧がある
・開発圧も採取圧もあ
 る
あり
・開発圧(伐採を含
 む)または採取圧(可
 能性を含む)がある
なし
地域固有性 強い
・固有種
・著しい隔離分布
やや強い
・全国的に少なく、分
 布の限界
・準固有種
弱い
・隣接地に多いが、分
 布の限界
・全国的に少ない
なし
・隣接地に多く、分布
 の限界でもない

 総点の区切りに関しては、まず第一に、IUCNの絶滅危惧Ⅱ類(VU)の基準であるA:10年間の減少率が 20%以上、D:成熟個体数が 1,000未満、との整合性を考慮した。 10年間の減少率が 20%以上というA基準は、生育環境の減少傾向で言えばやや減少(階級 3)に近い。また個体数は、環境影響評価などで正確に個体数が数えられた例とその場所の概観的な印象を比較すると、個体数が 1桁の場合を除けば、後者の方が 1/3〜1/5 に見積もられるのが普通であると判断される。 さらに、県のような狭い地域での基準としては、地球全体よりもやや少ない値をとる方がよいと思われる。すなわち、IUCNのD基準は、表8の個体数基準にあてはめれば1桁少ない100未満(階級3)に相当する。これらの点から、5項目の中で階級3が2項目以上あり、それ以外は2、つまり総点が12以上となることを絶滅危惧Ⅱ類以上の絶滅危惧種の基準とした。次に、絶滅危惧ⅠA類(CR)のE基準である「特に保護策がとられない場合10年間(または3世代)の絶滅確率が50%以上」との整合性を考慮した。 この基準は、特に保護策がとられない場合、CRと判定された種は10年後、または3世代後にはほぼ半数が絶滅するという意味である。裏を返せば、多少保護策がとられたとしても、10年後にはCR種の25%くらいが絶滅しないとつじつまが合わない。環境省レッドリスト2019では、525 種がCRと判定されているが、いくら日本の植物が危機的であると言っても今後10年の間に100種以上の植物が絶滅するとは考えられない。 仮に、絶滅リスクが加速度的に増大しており、このままでは過去に絶滅した全種数と同数が今後10年間に絶滅すると仮定しても、CRは X+EWの2倍程度におさえるべきである。レッドデータブックあいち2001植物編の結果では、EX+EWが36種、総点16以上が51種であるから、CRの基準としては総点16以上が穏当な線である。そこで、この12以上:VU、16以上:CRという2点をもとに、総点16以上をCR、14〜15をEN、12〜13をVU、11をNT、10以下をリスト外と判定した。ただしごく一部の種については、隣接地域での分布状況等を考慮し、特記事項欄に理由を示した上で、1 階級の範囲で微調整を行った
 レッドデータブックあいち植物編2009、2020においても、評価手法は基本的にこの方法を踏襲した。ただし、それぞれの項目の評価点は、令和元年11月末日までの現地調査等の結果をもとに再検討した。微調整の範囲は、総点で±1を限度(つまり、例えば総点12の種がENとなることはなく、総点13の種がNTとなることもない)とした。
 このような手法を用いた結果として、維管束植物の評価は、新たな自然環境情報が追加されれば自動的に修正されるという性格を持っている。集団数と個体数に関しては、県内で新たな自生地が発見され、その結果県内の総数がそれぞれの閾値を超えれば、その項目の評価点は1減少し、総点も1減少して、場合によってはカテゴリーが 1 ランク下に変更される。 逆に、既知の生育地で絶滅して県内総数がそれぞれの閾値を割れば、その項目の評価点は1増加し、総点も1増加して、場合によってはカテゴリーが1ランク上に変更される。人為的圧力に関しては、既知の自生地、またはその近傍で開発等の行為が計画されれば、開発圧が増加して、状況によってはその項目の評価点が1増加する。開発計画が消滅すれば、開発圧が減少して、状況によってはその項目の評価点が1減少する。また、愛知県内での状況に変化がなくても、周辺地域で新たな自生地が発見され、あるいは既知の自生地でその植物が絶滅すれば、場合によっては固有性の評価点が変更される。
 もちろん自然環境の調査に、これで完璧はない。そのようなわけで、新たな自然環境情報が得られた場合には、是非ともそのような情報を提供いただきたい。この場合、観察者がその種類と「思う」植物があったというだけでは不十分で、情報の再現性を確保するため、必ず裏付けの標本が必要である。今回のレッドデータブックでは特にこの情報再現性を重視し、原則としてすべての種について各調査区画ごとに 1 点ずつ、公的な標本室に整理された状態で保管されている標本を引用することにした。